雑感2018.2.2

気がついたら今年初めての更新である。ここのところ、空いている時間はすべて翻訳に当てているのだが、それはまだしばらく続きそうである。(つまり、なかなか更新できないだろうという意味である。)

先日、今年初めての講義を長野でやってきた。今年の長野でのコースは、去年大阪でやったのと同じで、診断学のベーシックである。

私は基本的に基礎ばかり教えているのだが、自分自身にとっても、何度も基礎に戻るというのはとても役に立っていると思う。

教え方が上手くなっているのかどうかはわからないが、触診などの感覚は去年教えたときよりも向上していることが明らかにわかる。教えられる方は逆に大変かもしれないけれども。

仏教の世界では、多(現象)から一(真理)を見る法華経の考え(天台宗)と、一から多を見る華厳経の考え(華厳宗)があって、昔の中国ではどちらが上なのかずいぶんと論争をやったらしい。

私の経験では、究極の真理にはまだ辿り着いていないが、多をみることによって一が見え、その一から多を見ると、以前とはまったく違う世界が見えて、その中にまた一が見え…ということを繰り返しながらステージが上がっていっているという感じがする。

オステオパシーの学習プロセスは完全に積み上げ式であり、理論的にも技術的にも、そして感覚的にも、基礎がわかっていなければ次の段階のことはわからない。数ヶ月学校へ通えば、あるいは数回セミナーを受ければ身につけられるなんて代物ではない。

私見だが、オステオパシーを身につけるのに最も大事なことは腹をくくることである。オステオパシーのテクニックが扱えることと、オステオパスとして生きることはまったく別物である。どちらを選択するのかは自由であるが、オステオパスになりたいのであれば、一生を捧げる覚悟を決めなければならない。

こんなことを書くと、これから山を登ろうとしている人をびびらせてしまうかもしれない。それでも、私はまだ頂上には辿り着いていないが、今の時点でも、見える景色は以前に見ていた景色よりもはるかに素晴らしいものなのである。

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所長
ここに書かれていることは一人のオステオパスの個人的見解であり、オステオパシーの標準的な考えとは限りません。批判や意見は大歓迎です。
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