目的と手段

アメリカの作家であり未来学者であったアルビン・トフラーは、ノーベル化学賞受賞者であるイリヤ・プリゴジンの著書「混沌からの秩序」のまえがきで、以下のように述べている。

「現代の西欧文明において、最高度に磨き上げられた技術の一つは分割である。問題をできる限り小さな成分に分ける技術である。われわれは分割するのが得意だ。実に巧いので、各断片を集めてもとに戻すことを忘れてしまうことがよくある。」

分割というのは、多くの人々には「神」のように崇められているが、一部の人々には「悪魔」のように蔑まれている。しかし、分割自体は善でも悪でもない。それは、単なる手段なのである。

分割のもともとの目的は、「全体の把握」である。重要なのは「もとに戻す」ことであり、もっと重要なことは「全体を把握すること」なのである。

我々のような全体主義者(社会学的な意味ではない)は、還元主義を敵視しがちであるが、そもそも全体主義的な手法では多くのことが理解できなかったために還元主義が生まれたという歴史を忘れてはいけない。

還元主義の時代が数世紀続き、やっとその欠点や限界が見えてきたために全体主義が復興してきたのであるが、還元主義以前の全体主義では未開な状態に戻るだけである。求められているのは、新しい全体主義なのである。

人は往々にして手段を目的化してしまう。

目的を達成するためには手段にこだわる必要はない(なんだか悪役の台詞のようだが)。むしろ、手段はできるだけ柔軟な方が良い。

大事なのは目的を達成することであり、それが実現するのであれば還元主義でも全体主義でも良いし、その手法も帰納法でも演繹法でも弁証法でも何でも良いのである。

常に目的を見失わないこと。それが鍵である。

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